WS000007



304 : 2017/03/30(木) 04:42:21.15 ID:sVF1DYSf0

――アザディスタン――


 荒涼とした大地に、それは一夜にして現れた幻のように灰色を広げていた。
 地上戦力の航空輸送展開と高度な建築技術により構築された、仮設前線基地。
 世界の警察を自負するユニオン軍だからこそ可能とするの十八番、他二国に追随を許さない展開力であった。

 
「まさしくヒデヨシ・トヨトミの再来だねえ。いつ見ても惚れ惚れする陣容だよ」

「……誰だ、それは」

「古代日本のキングだよ。一夜にして城を敵陣の目の前に打ち立てたとされる築城の名人だとか」

「博識だなカタギリ。だが、あくまで燃料弾薬の補給用中継点に過ぎない、過信は禁物だ」

「合点承知、ケツまくる準備はいつも万全さ」

「それは重畳」


 興奮してまくし立てる白衣の盟友を窘めながら、今なお構築半ばの基地を歩く。
 砂塵交じる乾いた風に顔をしかめて歩いていると、会う者が皆敬礼を送ってくれる。
 全て、本作戦への要たる最精鋭への期待と敬意を込めた礼。
 それに対する軽い答礼も途中から返せなくなる。
 出来たばかりで行き違う波のような人々全てに反応など、とうてい無理なのだから。

 時折、空から大きく影が落とされ、航空輸送機が物資とMSを満載して基地に降り立つ。
 日本由来の、MS技術にも貢献した技術は荒野を滑走路に変えることも容易く行ってみせる。
 既に基地には、陸戦型フラッグや地対空ミサイルを始めとした【仮想敵への戦闘準備】が着々と構築されつつあった。
 アンフやヘリオンを相手取るには明らかな過剰戦力。
 露骨なものだと内心毒づく自分に、何処かで気づかないふりをした。

 積み重なったコンテナ、内容物が特殊な暗号バーコードで記されているそれらの林を抜け、日差しから逃げるように横長の建物へと入る。
 即座に中にいたスタッフ全員の敬礼が彼らを迎えた。
 全員、MSWAD基地から追従してきたMS技師、整備兵、研究者たち。
 世界を揺るがす【天使】を相手取るために集められた、有数のバックアップ。
 ただ一名を除いて、彼が望む全ての支援体制がここに集っていた。


「……ご苦労、ゆっくりしてくれ」




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305 : 2017/03/30(木) 04:57:04.31 ID:sVF1DYSf0


「エイフマン教授は……結局こっちには付いてこなかったね」

「現地におけるガンダムとの交戦は最小限になる、との予測だったな」

「だから現地で交戦データを元にした戦術改善案を考案するのは無用、自分が向かう意義も皆無……だそうで」

「その予測が的中しないことを願うしか無い。成すべきを為す、ただそれのみさ」

「グラハム、君は……」

「真意ならば、理解しているつもりだ」

「なら……良いんだけど」


 肩をすくめる盟友。その姿から視線を外すことは出来ても、胸中の暗雲は振り払いきれずにいた。
 それは、かの教授がこちらに来なかった理由が、それだけではないと知っていたから。
 この作戦が正道にないこと……【ガンダム鹵獲のための口実的軍事支援】であることへの不快感が起因していることを感じていたからに他ならない。


(……大義だけで、舞台が整うはずもない)

(軍事活動は慈善事業ではなく、明確な経済行為の延長にすぎないことも自覚していた)

(表向きに対外介入では軍を動かさないとしてしまった以上、こうなることは明白だった)

(――あぁ、分かっていたはずじゃないか。偽善と欺瞞の上を飛ぶことが、自分の唯一の飛び方だってことは)

(分かっていた、はずじゃないか……)


 ただ、戸惑っていた。
 恩師の子供じみた抗議が、現実ではなんら役に立たないことも理解していて。
 この機を逃せば、ガンダムとの対峙など何時になるかわからないことも危惧していて。
 ただ飛べるだけで、戦えるだけでいい、それが自分の人生なのだと規定もしていて。

 なお、この青く澄み渡った空を飛ぶことに対し、戸惑っていた。


 恩師の答えは、ただ一つ。

【飛ぶかどうかは、自分で決めろ】

 ずっとそうしてきたはずなのに、何故か酷い難問を投げられた心地だった。



「……ん?」



306 : 2017/03/30(木) 07:36:53.66 ID:sVF1DYSf0


 ふと、その蒼に陰りが浮かぶ。
 飛来する機影は、軍用輸送機。
 MS搬入には扱えない、旧型のものだった。
 基地の隅、物資搬送には遠い位置に着陸する機体。
 揺らぐ陽炎に降り立つそれに、何故だろう。
 強く、視線を釘付けにされた。


「なんだろうね、あれ」

「物資輸送の場合はあの滑走路は使わない……仮設居住区か?」

「軍施設から遠いねえ。というと民間人かな?」

「民間人」

「あぁ。今回のアザディスタンは排他的な思想が蔓延しつつあるからね」

「こっち側の外国人関係者は、軍からある程度の支援体制を組むそうだよ」

「関係者……例えば……?」

「そりゃあ、たとえば……ほら」


「報道関係者、とか……?」


 嫌な予感というものは、大抵の場合感じたときには手遅れなものだ。
 こと自分の勘というものを重視する、私のような原始的思考をしたものには。



――――

――輸送機内――

絹江「…………」

イケダ「着いたぞ、クロスロード」

絹江「はい、アザディスタン……ですね」

イケダ「……後悔、してんのか」

絹江「自己嫌悪は、しています」

絹江「でも、それが止まる理由になるなら、今の私は此処にはいません」

イケダ「……」ポリポリ

イケダ「紛争地帯の特派員は、自分の墓穴の横で蕎麦啜ってるようなもんだ」

イケダ「気を抜くな、自分の命を最優先に考えろ、そんで……スクープの匂いがしたら俺に言え」

イケダ「最大限安全を確保してから、GOサインを出してやる。先走んなよ、絶対にな」

絹江「はい……!!」


兵士「アザディスタンにようこそ、ニホンのご友人方」

兵士「これから宿舎に誘導させていただきます。外出、取材等の要件は手元端末の基地要項にてご確認ください」

兵士「あなた方が我々ユニオンの人道的支援の証人になってくださることを望み、またそのように振る舞うことを誓います」


絹江「…………」



307 : 2017/03/30(木) 09:17:22.77 ID:sVF1DYSf0



絹江(わざわざこんな取り決めで囲う理由……解りきってるわね)

絹江(支援体制のない二国の記者団の動きをアザディスタンの国内情勢で制限させ、効率的に情報発信できる体制を組むことでイニシアティブを確立させる)

絹江(また事態を過剰に煽ることでも情報の比率を意図的に偏らせ、MSの大量投入をカモフラージュする)

イケダ「万が一MSの導入数を指摘されても、それの対処は一言で済む上にそれが自然と来たもんだ」

絹江「!」

イケダ「そういう感じのこと考えてたろ。ブンヤの頭ン中はだいたい一緒だよ」

イケダ「俺たちも、契約書書かされてるわけじゃあ無いが、庇護を受けちまってる以上下手なこと書いたらおしまいだ」

イケダ「嫌なとこで繋がっちまってるよな。JNN(うち)は上が軍と仲良しってことがよ」

絹江「……こうなってからでは、もう遅いんでしょうか?」

イケダ「さあね、まあどうあれ俺達がやることは……」


「人の置かれる何時如何なる状況下に於いても、その行動が真に無為となることは有り得ない」


絹江「!」

イケダ「おぉ?!」


グラハム「……少なからず正義の御名の下、その者の歩みが止まらぬ内は」

絹江「っ……」

イケダ「ぐ、グラハム・エーカー……中尉!」

グラハム「お久しぶりです、絹江さん……まさか、こちらに来るとは思っておりませんでした」

イケダ(無視!?)



308 : 2017/03/30(木) 13:29:42.52

イケダさん変につつくと馬に蹴られますので諦めてくださいww



309 : 2017/04/01(土) 08:44:54.12 ID:CdvwmRlp0

絹江「……レイフ・エイフマン教授の講義の決まり文句でお出迎えとはね」

絹江「あの方も此方に?」

グラハム「来ているとお思いですか、あの御方の高潔さは貴女のそれに近いものがある」

絹江「そう……で、その嫌がらせみたいな口調、続けるつもり?」

グラハム「公務中です。当てつけというなら、お互い様と言わざるをえない」

絹江「私も、自ら考えて要望をして、正式に特派員としてアザディスタンに来たにすぎないわ」

グラハム「!」

絹江「勘違いしないで。あなたに影響されるほど軽い取材はしてないの」


グラハム「…………」


絹江「…………」


イケダ「え、何この空気」

兵士「喧嘩別れ一週間頃の学生カップルみたいな会話ですね……」

イケダ「やめろそういう具体的なの」


絹江「……まあ、いいわ。お出迎えご苦労様」

グラハム「!」

絹江「さ、とっとと案内してちょうだい。今日中に宿舎回りは作っときたいのよ、仕事用に……っ!」ボフン

グラハム「っ、おも……?!」

イケダ(荷物持たせた!?)

絹江「明日から特番一回分はネタ稼いでかないと干されちゃうの。インタビューするかもしれないから、そのときはよろしく」ニコ

グラハム「……魔性だな」

絹江「? なんか言った? 悪口?」

グラハム「三割方は。さあ行きましょう、車を用意してある」

ビリー「ハーイ」

絹江「あ、ちょ、ちょっと!!」





イケダ「……荒れそうだなあ、色んな意味で」

兵士「元カノにズルズル付き合わされてキープくんにされるパターンですね、分かります」

イケダ「だからやめろってそういうの……!」




311 : 2017/04/01(土) 09:29:08.23 ID:CdvwmRlp0

――――


――日本・JNN――


同僚「行っちまいましたねー」

デスク「そうだな」カチカチ

同僚「良かったんですか? いくらハイパー特派員のイケダさんがいるからって、あの人中東は初めてでしょ」

デスク「そうだな」カチカチ

同僚「特番の方はもともとデータマンみたいなもんだからいいすけどね―」

デスク「そうだな」カチカチ


同僚「……聞いてます?」

デスク「そうだな」カチカチカチカチ

デスク「…………」ウツラウツラ


同僚(……睡眠不足になるまで心配するくらいなら行かせなきゃ良いものを)

同僚(俺も物分りが良いほうじゃあ無いが、全く不器用なもんさ)


同僚「……上の連中、よくまあ絹江さんの特派員ぶっこみに許可出しましたね」

デスク「……」ピク

同僚「やっぱりあれですか、血筋パワー……ってのに上もまだ期待してるわけだ」

デスク「あいつがアザディスタンでも活動できると確信した上での取り為しだ。他意はない」

同僚「お、聞いてた」

デスク「ずっと聞いてる。ケツを机から降ろせ、減給するぞ」

同僚「失敬失敬……っと」


デスク「……絹江のやり方に、クロスロード氏のやり方は含まれちゃいない」

デスク「お前は知らないだろうけどな、ありゃあ真似しようとして出来るもんじゃないんだよ」

同僚「格が違うと?」

デスク「質が違うってのが正しいな」


デスク「何ていうかな……あれは取材と言うよりは……」

デスク「答え合わせだ」

同僚「……へえ……」



312 : 2017/04/01(土) 09:33:06.82

この一般兵、絶対修羅の道を見てるよ。いろんな意味で(笑)



313 : 2017/04/01(土) 09:49:03.03 ID:CdvwmRlp0

デスク「ほれ、油売ってないで、仕事にもどれ、仕事に」シッシッ

デスク「材料が良くても拵えが悪けりゃあ食えたもんは出来ねえぞ。絹江に言い訳は通用しねえの、分かってんだろ」

同僚「あはは、絹江さん叱り方も可愛いからなあ」ケラケラ

デスク「ったく……お前も物好きだよ。今回の尻拭い、全部引き受けたらしいじゃねえか」

同僚「乗りかかった船ですから。沈めるのは忍びねえ」

デスク「……それのお陰で引き継ぎもスムーズに済んだってのはあるが、でけえヤマだってのに呑気にしやがって」ハァ

デスク「あー……お前、そっちか。いや、そういうんなら応援するぞ。今更男だ女だってのも……あれ?」

同僚「はは、ご冗談。今更色恋にかまけるほど若かねえですよ、あたしゃ」

デスク「……急にジジ臭いこと言いやがって……」

同僚「ええ、御年百五十五でござい」

デスク「あーはいはい、ギネスギネス。ほれいけ、すぐいけ、さっさといけ」シッシッ

同僚「雑―! せっかく虎の子のギャグだってのにー」ブー


デスク(あれ、あいつ旦那いるって言ってなかったっけ……?)シュボ

デスク(あの中尉といい、あいつも変なのばっか寄せ付けんなあ……)フー


同僚「……」ニヤ


 ・
 ・
 ・
 ・

――アザディスタン――

マリナ「どうして、ユニオン軍をこの地に招き入れたのですか!?」

改革派議員「…………」



314 : 2017/04/01(土) 10:06:18.19 ID:CdvwmRlp0

マリナ「ラサーのいない今、保守派の神経を逆なですることがどれほど危険なことかは、貴方がたも分かっていたはずでは……!」

改革派議員「ッ……どうやら、一部の有力議員派閥がユニオンの申し出に折れたのが原因であると……」

マリナ「申し出って……?!」

シーリン「決まっているわ、大方大義名分と引き換えの機会提供と言ったところでしょうよ」

マリナ「シーリン?」

シーリン「ユニオンはソレスタル・ビーイングの自国領内以外の活動を黙認する声明を出したわ」

シーリン「それはつまり、単独での対ガンダム戦略を放棄したとも取れたわけだけれど」

シーリン「このアザディスタンは、かつてのクルジス紛争……いえ、戦争においてMS戦術の非有効性を証明してしまった土地」

シーリン「あれだけの軍勢……まず間違いなく全てガンダムにぶつけるつもりで連れてきているでしょうね」

マリナ「そんな……っ」

マリナ「この国は、ガンダムの生き餌として放られたのに等しいと、そういうのですかシーリン!?」

シーリン「生き餌とすら見られてないかも。少なくとも利用するだけするつもりなのは間違いないわ」

シーリン「国連の援助だって何考えているかわからないというのに、彼らが善意で手を差し伸べたわけがないのは当然と言えましょうね」

改革派議員「申し訳ありません、マリナ様……貴女の外交努力で、せっかく太陽光発電受信システムの支援がこの国に来たというのに……」

マリナ「……っ」グッ

シーリン「出来ることをしなさい、マリナ」

シーリン「猶予は殆ど残されていない……国内の不満が最高潮に達する前に、手を打たないと」


シーリン「……アザディスタンは、内戦に突入することになるわ」




315 : 2017/04/01(土) 10:48:59.04 ID:CdvwmRlp0



――宿舎内・食堂――

イケダ「改革派と保守派、双方の議員に取材許可が降りたぁ?!」

絹江「現地の特派員に仲介を頼んで、明日と明後日。それぞれ30分も貰えませんでしたけど」

絹江「イケダさんは報道の方で忙しいと思うので、どっちも私が自分で行ってきます」

イケダ「い、いやおまえ……確かに一人だけ余分ではあるし、しばらくは頼むこともないとは言ったが」

絹江「はい、なので自分で使わせてもらいますけれど」

イケダ「……あー、いや、構わん」

絹江「?」


イケダ(イヤミのつもりはなかったが、牽制目当てで結構強めに言ったはずなんだがなあ)

イケダ(まいったな、デスクの言うとおりだ。特攻娘……クロスロード氏とは逆ベクトルでヤバイ奴だこれ)


イケダ「……で、俺がOK出せる奴なんだよな?」

絹江「この二人です」スッ

イケダ「どれ」チラ

イケダ「……端役もいいとこじゃねえか、新人の改革派議員に数合わせの保守派閥。なんでこれを?」

絹江「私は情報でしかこの国を知りません。だから、知っていることを感じたいと思ったんです」

絹江「その結果に新しいことがなくても、次が見えてくると、そう思うから」

イケダ「あぁ……事実を積み重ねて、ってやつか」

絹江「知ってるんですか?」

イケダ「有名というか、ブンヤの格言みたいなもんだからなあ」

イケダ「いやほんと、そういう意味では夢みたいだな。まさかあの人の娘と仕事とはね」

絹江「そう、ですか……」

イケダ「あれ、気にならない?」

絹江「参考にならないですから。父のやり方を聞いて肩透かしを食うのは、もう両手に余っちゃうくらい」

イケダ「クールだねえ……ま、確かにそうか。ありゃ真似出来ん」

イケダ「端末で軍に外出許可申請のメール、送っとけよ。軍隊ってのは頭が固くてな、送るのが遅れた分だけ返信も遅えんだ……」

絹江「はーい……」


――宿舎内・自室――


絹江「…………」ドサッ

絹江「……来ちゃったなあ」



316 : 2017/04/01(土) 11:28:41.68 ID:CdvwmRlp0

――――

デスク『行って来い。特ダネ掴むまで帰ってくるんじゃねえぞ』

デスク『あー……あと、死ぬなよ。弟さんの前で土下座すんのだけは簡便だ』

――――

同僚[空港で笑って手を振っている。謝罪も挨拶もさせないまま、何を考えているのやら……]

――――

沙慈『いいよ、行ってきな』

沙慈『……なに、行きたいんでしょ? なら何時も通りじゃないか』

沙慈『うん、ずっと決めてたことだからね。姉さんが取材したいって言ったなら、それがどんなことでも止めはしないって。絶対に』

沙慈『……僕のことを、枷じゃないって言ってくれるんなら、ね』

沙慈『うん……行ってらっしゃい、姉さん。必ず帰ってきて、約束だよ』


――――


絹江「…………」ギュ

絹江(もし……もし、ガンダムが現れなかったらすぐにでも帰ってこられるのかもしれない)

絹江(でも、それじゃあ駄目だ。分かっている、自分が得ようとしているものが、この国の混乱と天秤にかけられているってことくらい)

絹江(こうやって見れば、私の仕事だって変わらない。世の中が荒れてなければ、一筆だって進まない生業だ)

絹江(……強く、言っちゃったな)

絹江(怒って、るんだろうな)

絹江(また、話してくれるかな……前みたいに)


 ゴゥッ


絹江「!」

絹江(水素ジェットの噴出音……アザディスタン領内はまだ飛べないはず)

絹江(ラフマディ師の捜索も含めたら、事態は一刻を争うはずなのに……何もかも噛み合ってない)

絹江(彼らは、ソレスタル・ビーイングは……この指揮者のいない演奏会で何を演じるつもりなの……?)


絹江(……いやな女だなぁ、私……使い分けてる)

絹江(どうしようかな……なんて……謝れば……)

(…………)スヤァ


――――





317 : 2017/04/01(土) 12:09:30.06 ID:CdvwmRlp0

――翌日――

絹江「…………」

グラハム「おはようございます、絹江さん」

絹江「……え、外出許可、え?」

グラハム「えぇ、下りておりますよ。アザディスタン領内で購入可能なジープです、軍用では悪目立ちだ」

グラハム「私もこの地の衣装に着替えていますが、何分肌の色までは誤魔化せない。了承ください」

ビリー「結構似合ってるんじゃないかい、グラハム。君はいい意味で普段変わり映えしないからねえ、こういった一面は貴重だよ」

グラハム「そうか……? 今度からは少し気を遣うとしよう」


絹江「え、え?」

ビリー「それに引き換え……彼女のはすごいな。頭からすっぽりだ。文化の違いとは言えこれでは道行きの華も愛でられない」

グラハム「こういった情勢では好都合だろうよ。しかし、視界はすこぶる悪そうだな」

イケダ「あー、実際に横が見えないから結構危なっかしいんですよ。エスコート、任せていいですかね?」

グラハム「任されました。送迎の大任、必ず無事に果たして見せましょう」


絹江「……えぇ……?」

イケダ「まー頑張れ、絹江。向こうさんからの申し出でな、知らない兵士よりは気が楽かと思ってな」

イケダ「気をつけていけよ。まだそこまでではないにせよ、どこで何が起きても不思議じゃない。気を張ってけ」


 ・
 ・
 ・
 ・



318 : 2017/04/03(月) 18:53:31.09

ひりつくような緊張感が常に漂うロマンス
更新が楽しみだわ



320 : 2017/05/02(火) 01:47:53.67 ID:Yg/XneBO0



 均されただけの荒野の道を、がたりがたりと揺さぶられ一直線。
 軍用ではない安物のジープは、お尻を何度も宙に浮かせ視界を揺らす。
 着慣れない中東の民族衣装に肌をくすぐられ、どうにもむず痒く、落ち着かない。
 
 いや、多分違うんだろう。

 本当に落ち着かないのは、きっと隣に彼がいるからだ。


絹江「気まずいなぁー……!」

グラハム「少し口を閉じる修練が必要ではないかな。こと最近の君は、精神と舌がリンクしているようだ」

絹江「! あれ、喋り方……?」

グラハム「っ……職場で部下のど真ん前、君に軽い口調を向ければどうなるかくらいは察せると思ったんだがな!」

絹江「う、だって……っ」

グラハム「あぁ、そうだったな。君は自分の意志で此処に来ることを決めた、何があっても構うことなど無いと」

グラハム「私に連絡して、時勢と状況を判断材料にしようなどと思う必要もなかったと! そういうのだものな!」

絹江「ちょ、なんでそんな、怒んないでよっ……!?」

グラハム「怒りではない! ……どうしようもないのだよ、本当に」


 低く、唸るような声でまくし立てながら、彼は窓を開ける。
 目の前を乱暴に横切る右腕が指差す遠方、白い米粒大の軍用オートマトンが数体犇めいているのが見えた。
 何だろう、そう思う間もなく、彼の思惑が判明する。
 炸裂音と煙。
 それらの直下から、ここからでは爆竹のような大きさの爆炎が吹き上がったのだ。


絹江「っ……?!」

グラハム「チッ、都合がいいな。忌々しい……あれが、理由だ」

グラハム「基地の構築と同時に未確認の動体反応が山ほど基地を取り囲んだ。超過激派と目されるアザディスタンの【暴徒】と目されているが、真相は分からん」

グラハム「地雷だよ。毎時点検の入る舗装道路以外は通るなよ、どこで脚を飛ばされるか皆目検討もつかん」

グラハム「……もっとも、この道が安全かどうかなぞ、明言出来はしないがね」

絹江「そんな……!」

グラハム「ああやって、本来街中でテロ監視に使う機体まで駆り出して」



321 : 2017/05/02(火) 02:34:57.65 ID:Yg/XneBO0



グラハム「毎朝毎晩地雷除去だ。専用装備が腐らず済んだと上は笑っていたが……」

グラハム「……何がしたかったのかと問われれば、何がしたかったのかなと、首を傾げるしか無いよ」


 こっちの言葉なんて待つまでもないと続けた言葉が、止まった。
 憤りと、迷い。
 軽く噛み締められた彼の唇が、吐くに吐けぬと堪えているようでもあった。


絹江「……ごめんなさい……」

グラハム「止めろ。くだらない体面で提言の機を逃したのは私の方だ」

グラハム「お互い泥を投げ合う必要はあるまい。己の職務を全うするために、此処にいるはずだろう」

絹江「……怒ってない?」

グラハム「何故?」

絹江「……この前、つい言い過ぎたかなって……」

グラハム「馬鹿馬鹿しい。あれしきで機嫌を悪くしていたら、【上官殺し】の汚名など着ていられん」

グラハム「もっとも、着たくて着ているわけではないが、ね」

絹江「反応に困る自虐止めてよ……一番きついやつじゃない、それ」

グラハム「はっ……あぁ、済まない」


 本日、初の笑顔は、何処か空虚で、悲しげで。
 そういう笑顔が見たいわけじゃないのにとか、そもそも笑う顔見たくて来たわけじゃなかったはずとか、思考は堂々巡り。
 気まずさを増した空気を読まないジープのロデオに、強く尻を叩かれる。
 何か言えよと、背を押されているような心地だった。
 誰に? ……多分、酷くばつの悪い顔をした、サイドミラーの中の人に。
 

グラハム「とにかく、だ」

絹江「!」

グラハム「来たからには君は君の使命を全うすればいい」

グラハム「私から言えることがあるとすれば、軍の【要請】には必ず従うことと、相談は私かカタギリに通すこと」

グラハム「私の微々たる権限と能力の及ぶ限り、君の身命を庇護すると誓うこと……くらいかな」

絹江「……えーっと、それって」


グラハム「君が此処にいる限り、私が護ると言っているんだ」


グラハム「だからいい子にしていてくれ、手元にいなくては、あの日のように庇うことも出来ない」



322 : 2017/05/02(火) 03:48:21.44 ID:Yg/XneBO0


絹江「――――」

グラハム「……肯定の沈黙と捉えるが、構わないかな」


 フードをすっぽり被って、無言のOKサイン。
 この民族衣装、外からは顔も見えないくらいの女子力マイナス全身要塞コーデ。
 それでも強い日差しを防いですごく涼しい。いつも日陰の中にいるような現地の知恵の結晶なのだ。

 ……うん、全くの無意味。全身、燃えてるみたいに熱い。
 何なんだろう。なんでそんな急に、優しく出来るんだろう。
 今まで見てきたのと同じ笑顔で、どうしてそういうことが言えるんだろう。
 こちとらこのまま無視かギスギスかと覚悟してて、胃痛までしてたっていうのに。

 
絹江「……たらし……」

グラハム「? 今のは日本語か。何と言ったんだ?」

絹江「教えない……っ」

グラハム「ふむ、後学の余地というわけだ。奥ゆかしい」


 見えてはいないはずだけれど、そっちを向けない。
 もう何も気にしてはいないという素振りで運転を継続する彼が、小憎らしい。
 
 割りと女性扱いしてくれる、数少ない男の人だったけれど。

 それでも、「守ってやる」が、ここまで破壊力を秘めてるなんて。
 
 病院での、体温と鼓動までセットで思い出す特効ぶりに、正直自分でもびっくりで。

 自分、もしかしてちょろいのかな。

 あぁ、多分あの日のこの人のように、耳まで真っ赤だ。

 ――あれ、じゃああの日、彼って……?


グラハム「……街が見えてきた。フードはそのままに、まずは改革派議員の方だったな」

絹江「え?! あ、うん、いやはい!」

グラハム「気負うなよ。いくら緊張状態とは言え、いきなり街中で騒動を起こすとは考えづらい」

グラハム「いつも通り歩を進めればいい。雑踏の喧騒を、無人の野を征くが如く……君にはそれがよく似合う」



323 : 2017/05/02(火) 03:50:48.80 ID:Yg/XneBO0

また明日。
いい加減放置しすぎたので、この期間に進めたいところ。
ちょろい



326 : 2017/06/03(土) 04:03:28.56 ID:i0JCxRoB0

――――


「アザディスタンという国が生まれたのは、先の【太陽光発電開発事業】に強く影響を受けてのことです」

「軌道エレベーターと大規模太陽光発電システムによる恒久的なエネルギー需要の解決……それはオイルマネーの終焉を意味していました」

「この計画が提示された時、中東諸国は強く反発しましたが……同時に、啓示を受けたような心地を思えていたと、当時の官僚は語っています」

「いよいよこの時が来たか。有限の石油に頼った安寧はもう終わるのだ……と」

「多くの国家が電力受信権を得るために建設支援を表明しましたが、中東国家はその枠組に入ることを拒みました」

「自分たちの売りであるオイルマネーの代替存在を容認するわけがない。中東の連盟は全会一致を当然と、宣言に踏み込みます」

「その結果、アザディスタンの今があるので……自業自得と言われれば、そうですね、そう言えると思います」


――――

『だがその理念は御為ごかしに過ぎなかった。それを受けた奴らが、三大国がまずやり出したのは我らの【切除】だったのだ』

『国連は、軌道エレベーター建設などにおける最低限の産出を除いた、大規模な石油輸出規制を一方的に決議で押し付けてきた』

『理由は明白だ。三大国をして、それだけ軌道エレベーターと発電システム建設は大事業だったということ』

『つまり、退路を断ち、日和見を悉く引きずり出すこと。太陽光発電開発へ地球圏全てのリソースを組み込む下準備に他ならなかったわけだ』

『オイルマネーの既存経済基盤を破壊し尽くし、太陽光発電のみの土台に全員座ることを強要した、悪辣な手法だ』

『……言いたいことは分かる。枯渇の危険性が常に付きまとう石油への執着は袋小路だったと、そういうのだろう?』

『ならば聞かせてくれないか。【石油が無二の経済基盤であった国々が、どうやって石油無しで建設支援をこなすのか】と』

『国家運営の全てを世界銀行に掴まれ、電力受信の権利と引き換えに傀儡化した小国家群に、今なお自由がないのはなぜか、と』

『……分かるだろう。これは最後通牒だったのだ』

『隷属か、枯死か。三大国は、中東に最初から尊厳など持たせる気はなかったのだ』



327 : 2017/06/03(土) 04:08:56.85 ID:i0JCxRoB0

――――




「その動きに反発した一部中東国家……いえ、多くの国から怒り猛る人々が武器を手に飛び出しました」

「彼らは軌道エレベーター建設事業への反対と報復を叫び、各地でテロなどの武力行使を決行」

「えぇ……聞いたこともあるでしょう。二十年間、五回にも渡る【太陽光発電紛争】の勃発です」

「……私の口からは、とてもではありませんが間違った行動であったとは、言えません」

「止めようなどありはしませんでした。だってそうでしょう?」

「我らの乾きを癒す唯一の井戸は固く閉じられ、余所者達は笑いながらその鍵を目の前でへし折って見せたのです」

「えぇ、本当に……誰が止められましょうか」

「にも関わらず誰しもが【仕掛けてきたのはあいつらだ】と指差しながら、泥沼の中で汚れ続けるしかなかったのですから」


――――


『多くの同胞が血を流した。異教徒とは言え、無辜の人々が涙を流した』

『……それを正しかったと、必要なことであったと言えるほど私も鬼畜ではないつもりだ』

『だが想定以上の規模と、想定外の方向に事態が転がっていったのも事実なのだ』

『PMC、国際テロネットワーク、各地域の反政府組織……悪鬼共がこぞってこの流血の宴に飛びついた』

『破壊行為と紛争が混乱を生み、また違う混乱とテロを呼ぶ……』

『我々が疲弊し、全てに終結宣言が発せられた後……この大地には、何一つ残ってはおらなんだ』


『何故、と問えるなら……何故、もう幾ばくの猶予を与えてくれなかったのか、と……そう問いたいものだな』

『我等とて、尽きゆく石油資源に固執し続けたわけではない』

『議論は荒れ、もしかしたら争いにもなったかもしれないが……それでも、世界との繋がりだけは、残せたかも知れなかった』

『見限るのが早すぎたのではないかと……あぁ、止めよう。泣き言だな。これは……』

『理由はどうあれ、引き金を引いた者が言えることではない……』



――――




328 : 2017/06/03(土) 04:17:43.86 ID:i0JCxRoB0

グラハム「……大丈夫か?」

絹江「えぇ、これしきの外出でへこたれやしないわ。海外出張には慣れてるし」


 二つのインタビューを終え、市内の軽食店で小休止。
 路地裏の穴場、特派員イチオシの静かな食堂での一服は、乾いた身体に染み渡る。
 どちらの邸宅でも食事をと勧められたが、初めての国では外でその国の食事をすると決めていた。
 状況の悪さもあって、彼を付き合わせてしまうのは心苦しかったが……


グラハム「なに、以前は良好な幕切れではなかった。再演と思えば悪くないシチュエーションだ」

絹江「……心を読むんじゃありません!」

グラハム「読んだのは表情だ、特別なことはしていない」

絹江「見えないでしょ……この服着てたら」


 この態度だ。
 最初から、変に気を遣うこと自体間違っていたようだ。



グラハム「過去と現在、当事者たちの言葉に紡がれると……さしもの君にも噛み砕くのは容易ではないかな」

絹江「……分かってたこと。そう思ってた」

絹江「白状すれば、知ってることを聞かされるくらいかなって油断もあったのよ」

絹江「でも……知識と実感の差は、重いわ」


 どちらのインタビューも、思っていた以上に快く受け入れられた。
 どちらもそこまで影響力の高い議員ではない為、策謀や権威に組み込むことさえ出来ないようでもあった。
 それもそうだろう、ここまで荒れた情勢で一介の下流議員が他国を巻き込み流れを生もうなど、自殺行為でしかない。
 故に、彼らの言葉には彼らから見た歴史認識、彼らが立つ派閥の思想が色濃く滲んでいるように感じた。


 面白いことに、他国を知る改革派からは歴史への強い敵愾心が感じられ、国内を憂う保守派は互いの凶行を打算無しで直視しているように思えた。
 知識の差ではない。見ているものの差なのだろう。
 敵を知った改革派はどうあれば勝てるのか、生きられるのかをそこから見出し。
 味方を失い続けた保守派は神の教えを支えとしたことで、倫理的な面で物事を見つめるようになっている。
 保守派が強硬的な対決姿勢を取るのは、あくまで【改革派の一方的な対立路線に対する拒否反応】に過ぎない。
 超改革派……ユニオンを招き、保守派と徹底的な対決姿勢を取る彼らもまた、この国にとっては過剰な劇薬となりつつあると感じられた。

絹江「一人ずつ話を聞いたくらいじゃ、こうだああだは言えないけれど……」

絹江「ユニオンに救われても、国連に助けられても……このままじゃ、この国に先はないわ」



329 : 2017/06/03(土) 04:23:34.70 ID:i0JCxRoB0

グラハム「そうだろうさ。ここは見捨てられた地だ」

絹江「……そこまで言えとは言ってないわ……!」キッ

グラハム「事実だ。産油国の矜持、三大国の傲慢、持たざる者の抵抗手段、知らざる者の無関心……様々な要素が絡み合った、忘却の大地」

グラハム「その多額の負債とすり減った精神を、隣国の統合吸収の優越でのみ癒やし続けた結果がこれだ」


グラハム「……哀れな国だよ」

絹江「 」ゲシッ 


 無言で一発、蹴りを入れてから辺りを見回す。
 隅の窪んだテーブルに座っていたからか、回りには現地民はおらず、近寄ろうともしてこない。
 聞かれず幸い、そもそも聞かれていい内容ではあり得なかった。
 ……もっとも、聞こえないのが分かってて言った節はあるが。


グラハム「蹴るならブーツより上にしろ。痛みがなくては罰にならん」

絹江「痛くしてほしかったら自分で頬でも抓ってて! 私にさせるためにそういう言い方したでしょ、今……!」

グラハム「……あぁ、今、確かに君に甘えた。済まなかった」

絹江「っ、もう。私以外に言っちゃ駄目よ、誤解されちゃうんだから」ズズ

グラハム「誤解も何も本心だ」

絹江「な~に言ってんだか……そう言ってる本人が自己嫌悪してるくせに」

グラハム「っ…………」ズズ

絹江「図星ね」

グラハム「かと言って口にして良いものではなかろうさ……」

絹江「貴方らしくもない。何処で誰が聞いてるかなんて、分かんないんだから」

グラハム「……浮かれているのかも、しれんな」

絹江「ん、なんて?」

グラハム「っ……気が逸っていると言った。奴らは、まだ姿を現さない」

絹江「そう簡単にぽんぽこ出てこられても困るんだけど……取材になんないわ」

グラハム「だが、事態の収束には間違いなく姿を見せる」

絹江「そうね、間違いない」


「ソレスタル・ビーイング」



――――



330 : 2017/06/03(土) 04:29:17.35 ID:i0JCxRoB0

「えぇ、ご存知の通りです。ラサー……マスード・ラフマディ師は我々改革派とは違う派閥に身を置かれておりました」

「ですが……彼の行動は冷静にして沈着。超保守派の甘言にも惑わされず、ただ静観にのみ徹してらっしゃった御方です」

「はい、彼を派閥で称することは冒涜にあたるとさえ私は思っています。我らの、アザディスタンの信仰の父です」

「統合後のクルジス残党勢力暴徒へ救いの手を差し伸べ、沈静に至った逸話も彼の仁徳と信仰心の証明と言えるでしょう」

「もし彼が保守派の獣を抑え込んでくださらなかったら……その懸念が今現実になりつつあるのですが」


――――

『改革派の若い連中は言うよ。今食べる糧が無いのに、何故信仰と伝統に固執するのか、と』

『飢えた子に教義を説く時間があるなら、憎い相手と組んででも腹を満たしてやるのが大人の仕事だろうとな』

『忘れておるのだ、人とは元来、獣であることを』

『クルジスへ自国の道理を説いて攻め入った過去を良いように解釈し、後足りぬものはと、他に満ち足りているかのように振る舞っている』

『大人ですら腹が満たせぬこの国が持ちこたえているのは、唯一心を信仰で支えていたからに他ならないというに』

『食うに足りず、更には信仰まで踏みにじられた人々が獣に変わりつつある現状、それがさも忍耐のない不信心の所業とでも言うように糾弾してきおる』

『そんなざまだから、その信仰そのものを支えてくださっていたラサーの不在に、そこのそいつのような輩を招き入れられるのだろうな……ふん、自業自得とはこのことだ』

『悪いことは言わん、異国の報道者。この国が血獄と化す前に、祖国へと帰るのだな』

『……いずれはこうなると思っておったが、最期はやはり同胞同士の喰らい合いか。神も我らをお見捨て給うたな……』


「大丈夫……?」

「気にするな。彼の発言は全て事実といえる」

「我々は、この国では招かれざる客だ。無論……弁えている」


――――

「……確かに、今回の一件でユニオンの軍事支援を受け入れたのは、改革派の暴走と呼ばれて仕方のないことかもしれません」

「ですが、仕方なかった、というのは分かっていただきたいのです」

「仮に暴徒化した民衆に太陽光発電の受信システムを破壊されたり、国連から派遣された技師を害されたりすれば、この国は自立の機会を永遠に失うでしょう」

「伝統に従って千年前のレンガや織物で国を運営していくことは出来ません。何に於いても、先立つものは無くてはならんのです」

「ええ、我々は真にこの国を憂う者達の……あ、失礼、こういう話はお求めではありませんよね……済みません」

「はー……最近は、こういった定形の文句も、一字一句、古参の改革議員に指示されて話すんです」

「発言権なんてもらえないままでね。何のために自費を割いて海外の大学に通ったのやら」

「議員より海外の活動家の方が市民援助に熱心な有様です、お恥ずかしい限りで」

「今回の一件も、マリナ様と【彼女】がいらっしゃらなかったらどうなっていたか……え、彼女のこと、ですか? あぁいや、それはちょっと……」

「いや、済みません、近い、近いですって……ちょ……!!!」


『クロスロード女史、そこまでだ』

『もう、あと一歩だったのに!』


「ニホン人ってこういう民族だったっけ……?」

――――




331 : 2017/06/03(土) 04:37:46.29 ID:i0JCxRoB0

――――



絹江「……そうね……この国が這い上がる手段は一つしか無い」

絹江「太陽光発電の受信権の支援、施設誘致以外には、もう再生の道は残ってない」

グラハム「……最初から分かっていたことだ」

絹江「でもやりきれない、みんなそう思ってる」

グラハム「血を流すよりはずっといい」

絹江「それには同意」


グラハム「クルジス侵攻に関しても、あの保守派のご老人が良識を持ち合わせていただけのこと」

グラハム「他の、超保守派に至っては、他国侵攻と援助誘致の二択で迷わず銃を取る蛮族の集まりだ」

絹江「改革派の国賊を排し、全ての恵みを我等の手に……か」

グラハム「そんなものがどこにある。石油もない、資源もない、技術も人材も無い、あるのはただ信仰のみだ」

絹江「えぇ、でもまだ信仰がある」

絹江「国がまとまるための共通の文化がある。その教えは、死んではいないはずよ」

絹江「まだ……諦めるには早すぎるわ。彼らは、まだ沈みきってない」


グラハム「……意外だな」

絹江「?」

グラハム「君のことだ、国家という枠組みに囚われて先行きを見失うこの国に、もう少し硬化した態度を取ると思っていた」

絹江「あら、世界主義(コスモポリタニズム)って言えるほど明確なビジョンがあるでもないのよ、私」

絹江「国家がなければ文化が維持できないってわけじゃないといいたいだけ。ふふ、幻滅?」

グラハム「いや、好意を抱くよ。とても君らしい……さて、そろそろ帰るか」

絹江「あら、もう時間?」

グラハム「聞こえるか、外が少し騒がしい。揉め事でも起きたか、ざわついてきている」

絹江「あー……?」

グラハム「君子危うきに近寄らず、だ。かいなに姫君を抱いたまま乱闘騒ぎに乗り込む従者はいない、だろう?」

絹江「喩えが華やかですこと。えぇ、従いますわナイト様」


絹江「護ってくれるんですもの、ね?」

グラハム「……………………」

絹江「……ちょ、答えてよ……ねえってば、ね……!」

グラハム「下がれ」


グラハム「……囲まれている……」

絹江「……え?」



332 : 2017/06/03(土) 05:00:26.87 ID:i0JCxRoB0




――――

 不覚だった。
 店の前には、ぎらついた眼差しの群衆が今か今かと異国人を待ち構えていた。
 窓から見るに、素手の現地民、ざっと二十人弱。
 成人男性、中年女性、老人、雑多な種別。
 息を殺しているようだが、それでも分るほど殺気づいた呼吸が暖簾一枚向こうで繰り返されている。


グラハム(こっち側は改革派の人間が多いと聞いていたが……タレコミか?)

グラハム(しかし、ここまで暴徒化しているとは聞いていなかった。運悪く当たったか、それとも議員殿の癇に障ったか?)


 市内の状況の悪化があれば、メディア関係者には逐次速報が届き勧告が下される。
 勿論そんなものはない。彼女の端末は静かなものだ。
 ともすればたまたま不運にも気性の荒まった集団に目をつけられたか。
 とにかく、このままここにいるのもまずい。
 店主からの「さっさと出てってくれ」という無言の嘆願が、彼らが踏み込んでくる可能性に言及していた。


グラハム「性急な展開だな……退屈な神々が痺れを切らしたか?」

絹江「異教徒がお嫌いなのかも……どうするの?」

グラハム「正面突破……は愚策だな。武器こそ持っていないが数が多い、下手にことを構えたらそれこそ危険だ」

グラハム「……今日はヒールではないな? 走るぞ」

絹江「いつでもどうぞ……!」


 彼女がフードを取る。
 少し汗ばんだ髪が艶やかに跳ねた。
 呼吸を整える。
 いよいよ、外が騒がしくなりつつある。
 そして、二人ほぼ同時に振り返ると。
 仰天する店主へと突撃。
 カウンターを乗り越えて、一気に厨房を駆け抜けた。

絹江「裏口から抜ける!」

グラハム「それしかあるまい……!!」


グラハム「あった……!」



333 : 2017/06/03(土) 05:22:15.85 ID:i0JCxRoB0


 トタンの補強のなされた片開きの裏戸。
 手を伸ばして、ドアノブに触れた瞬間。

 自分の意志よりも速く、扉は遠のいて、開かれた。


グラハム「!?」

絹江「え、えっ?」


「――こっちだ」


 外の光、熱風と熱気が肌に当たる。
 そこにいたのは、フードを被った、絹江と同身長ほどの人物。
 此方が認識すると同時に、一声だけかけて走り出したではないか。


グラハム(男の声……かなり若い、少年か? )

グラハム「っ、こっちだ!」

絹江「きゃ……?!」


 考える間も用意されず、彼女の手を取りその背を追う。
 事態は理解している。
 周囲の人間は何事かと此方を見るが、それを気にする猶予も惜しい。
 フードの人物は、馴れたように路地の奥へと走り込み、時折ついてきているかと後ろを振り返る。
 確かな動き、そして速度。
 自分が彼女を牽引していても追いつけぬとは、恐れ入る。


グラハム「…………」


 釣られるように振り向いた。
 必死についてくる絹江の苦悶の表情以外、特筆するものは何もない。
 追跡はされていない。
 

グラハム「おい、もういいのではないか!」

「黙って付いてこい!」

グラハム「彼女が限界だと言っている!」

「……もうすぐだ、頑張れ」

グラハム「ちっ……!」


 聞く耳も持たない様子だったが、彼女の話題で何か引っかかったらしい。
 明らかに態度が軟化した様子だった。

グラハム(これで、罠であったなら……)


 最悪、抜かねばならんか。
 懐の銃を確かめる。
 使わぬ展開を切に望むが……


グラハム(予測不可能の事態に対処してこそ、であるな)


 ・
 ・
 ・
 ・

「ここでいい」

「自警団もここまでは見回りに来ない、安全だ」

グラハム「…………」



334 : 2017/06/03(土) 05:40:05.37 ID:i0JCxRoB0



 あれから五分ほど。総合して十五分といった位置。
 建物からは明らかに人の気配が消え、器具なども使われなくなって久しい様子。
 ゴーストタウン、というべき様相。
 建築物の様式事態が市街地と何ら変わらないことが、不気味さを引き立てているようだった。

絹江「ぜっ……ひゅ、かふ……おぇ……ふひ、っ……!!」

グラハム「絹江、大丈夫か。女性が発してはいけない音声が漏れている」

絹江「っっ…………!!!」

グラハム(重症だな)

「これを渡せ」

グラハム「!」


 未だ息の整わぬ彼女に与えろと、ミネラルウォーターが投げ渡される。
 訓練している自分はともかく、彼もまた既に平常な呼吸に移行しているようだった。
 口は空いていなかった。
 怪しんでいると、手を差し出してきた。毒味をするというのだろう。
 ……何故だろう。安全の証明以上に、酷く不愉快な展開を予期した。
 そのまま彼女に与える。
 この場で毒を盛る意味も薄いが……何より、勘が告げていた。
 彼は、敵ではないと。


絹江「ぷはっ……ありがとー……!!」

グラハム「自警団、とは、穏やかではないな」

「あの地域はもともと派閥の争いが頻発している場所だ」

「先日、ボヤ騒ぎと暴行事件が相次いで起きた。保守派の人間に対してのみだ」

「だからああやって保守派の自警団が徘徊していた。あの店の場合、野次馬も混ざっていたようだが」

グラハム「徘徊、か。君は改革派か。それともこの地の人間ではないのか?」

「……答える必要性を感じない」

グラハム「大有りだ。私は君を信用したわけではない」

グラハム「何者だ。何故助けた? 所属は何処だ?」

「…………」

グラハム「無言は、疑心を掻き立てるだけと認識して欲しい」

絹江「グラハム……!」



335 : 2017/06/03(土) 05:46:34.35 ID:i0JCxRoB0


 睨み合い、とはいえ表情も分からぬ以上一方的なもの。
 観念したのか、彼はフードに手をかけ、そっと目の前で下ろしていく。
 そこにあった顔、それに一切の見覚えはなかったが。


絹江「……あ……」

グラハム「ん?」


 絹江の表情は、大きく変わった。
 驚愕と、困惑。
 何故、という疑問が全面に押し出された、彼女らしい快活な感情表現。
 

絹江「あーーーーーーーー!!!」


グラハム「……どうやら、知り合いだったらしいな? 少年」


刹那「……覚えられていたとは意外だった。だが、知っている顔だ」



 ・
 ・
 ・
 ・



336 : 2017/06/03(土) 08:16:21.12

これは予想外の展開だ



337 : 2017/06/03(土) 13:42:31.50

そういやいたんだっけソラン君は



338 : 2017/06/05(月) 19:06:46.68

そっかおとなりさんだっけか